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水泳部仲間 I 君の故郷とダム建設の撤回

先日、大学水泳部仲間9人が卒業50年を記念して、京都八瀬のとあるホテルに集まり、酒を酌み交わしながらの歓談にしばし時のたつのを忘れた。

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なかには半世紀ぶりに出会うものもおり、僧侶顔負けの禿頭をみて「あんなに黒髪がふさふさしてたのに・・・」とか「あのころの二枚目がこんなに変わるとは・・・」とその変貌ぶりに体育会運動部ならではのストレートなやりとりが飛び交った。

それぞれが来し方を振り返りながら、苦労や懺悔の日々を吐露していったが、その中で卒業直前に交通事故で瀕死の重傷を負った背泳のエース I 君が、「なぜ生まれ故郷の熊本八代で寝ずの看病をしてくれた愛妻共々喫茶店経営を始めたか?」これまで多くの仲間には謎だっただけにはひときわ関心を呼んだ。

我々が卒業したての頃は、日本列島はまさしく高度成長のさなかにあり、彼の故郷では群馬県八ッ場ダムと並んで「ダム事業の双璧」と言われた球磨川川辺ダムの事業計画がスタートしたばかりであった。

一方で、高知県四万十川と並んでの日本最後の清流球磨川、五木の子守歌で有名なこの故郷の川を守ろうとの地域住民の声が彼の耳にも届いていたようだ。

自然をこよなく愛し、かつ清流での素潜りを得意としていた彼は、誠実朴訥な人柄と抜群の行動力で、早速地元ラジオ番組等を通じて「何とか見直してもらいたい」と訴え続けたという。

もちろん、公共事業で潤っている土地、しかも関連する企業群が町の大半を占めているとあって、建設反対派の彼が経営する喫茶店への客足は遠のいたが、一方で支えてくれる人たちも少なくなく、やがて支援の輪は大きく広がり、ついに2008年当時の県知事の「計画白紙撤回発言」にまでこぎつけたという。

学生時代から越中ふんどしで合宿所をうろついていた彼だが、今なおこの「ふんどし姿」は健在であった。

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「水泳部仲間 I 君の故郷とダム建設の撤回」への2件のフィードバック

  1. 楽しみに読ませていただいております。
    松下様の「こんな記事もお勧めです」
    とても関連した記事を選んでくださっていて、親切ですね。
    ついつい読んでしまいます。いつも有難うございます。
    今日は花日和、午後は花曇りのようですね。
                        

    1. 森脇様
      関連記事は、コンピュータが勝手に選び出す設定になっています。
      残念ながら、この設定をしたのはホームページ制作会社です。
      現在、私はホームページの勉強もしていますが、なかなか手ごわいです。
      いつもご覧いただきありがとうございます。
      松下典弘

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