第7章 機会提供 ―公平と不公平の使い分け―  

第7章 機会提供 ―公平と不公平の使い分け―  

2019年3月15日 0 投稿者: 大橋資博

 人材開発には「機会提供」という考え方がある。あまり一般的に使用される用語ではないかもしれないが、人材開発の取り組みにおいては社員の自律的な成長意識を喚起・醸成するために大切な考え方である。しかしこの「機会提供」を上手に活用しているという例にはなかなか巡り合わない。

 研修には義務的なものもあれば任意のものもあるが、多くの人が経験する研修は、業務遂行上やキャリア形成上で必要とされる能力、知識を付与するために会社が意図をもって受講者を指名して行う義務的なものである。一方で任意の研修は、文字通り社員が自己の意思によって受講するものであるが、この中でもさらに「自己啓発」と「機会提供」に分けることが出来る。この二つは近いものだが位置づけが異なる。自己啓発として代表的なものはeラーニングや通信教育である。最近ではモバイルラーニングという形でポータビリティを追求した施策もあるが、要はスマホやPCで受講可能とすることで時間コストや移動コストを節約しようという考えであって、研修そのものの効果の面ではあまり有効とは言えなさそうである。

 ちなみにモバイルラーニングが主題ではないのだが少し脱線すると、マネジャー研修をモバイルで行う会社で、研修の受講率が高くなり、効果確認のテストの実施結果もよく、何より研修生に好評だと胸を張っているという話を聞いた。しかし、マネジャーというポジションが果たす役割の多くの部分が「上司や部下のマネジメント」であり、研修自体が「人事が人材の状態を把握すること」にあると考えれば、対面形式でもディスカッション形式でもない研修でどの程度の効果があったと言えるのか甚だ疑問である。


 さて話を戻して自己啓発と機会提供だが、自己啓発は言ってみれば一方的に提供して、あとは本人にお任せとなる。そこで何をどの程度やったかを吸い上げることは可能だが、あまりそこに重点を置いた管理はしていない。自分がやりたいと思ったものに自分のやり方で取り組んでもらえば良いのであって。その効果は仕事に何らかの貢献をしていると考えるくらいである。この自己啓発だがあまり活発に利用されていないのではないだろうか。人事パーソン同士の話でも、受講する人が少なく、実施する側もそのためにコストをかけても回収が出来ないといった理由から、あまり積極的に手を掛けていないという声が多い。手を挙げる人が少ない理由は「受けたい研修が無いから」、「研修を受けている暇が無いから」、「そういうものがあるのを知らなかった」といったレベルまで様々である。自己啓発はプログラムや受講方法に工夫を凝らすよりも、まず自己啓発を含めた人材開発のプランニングによる成長モデルを示し、そのことがキャリア形成や業務にどのように関わらせているのかという点について、経営や人事の考えを明確に社員に落とし込んでいくことが重要である。


 では機会提供はどうだろうか。機会提供は社員が任意で手を挙げる点は自己啓発と同じだが、誰でも対象ではなくあるテーマに基づき条件や対象範囲を示して参加者を募る点と、手を挙げれば全員が受講できるとは限らない点が異なる。代表的な例が「派遣型研修」とされる国内外留学や企業派遣(トレーニー)である。これらは指名制の場合もあるが、会社が一定の応募条件を示したうえで参加者を募ることが多い。もちろん手を挙げれば全員が受講できるというものでもない。機会提供は社外での武者修行の位置づけとしていて、将来のリーダー候補者を選び出す位置づけにも用いやすい点から、人事にとっては戦略的な施策の一つに位置づけられる。社員の側にしても、日常業務とは異なる環境に身を置くことで、自分のストレッチの良い機会にもなり、キャリアの幅も広がる可能性を持つ機会として価値あるものと認識していることが多い。大企業に行きたがる就活生の中で「海外トレーニーや留学といった自己成長の機会が多い」点を企業選びの基準にしていることもあるため、企業にとっては優秀な学生を獲得するための方策ともなっている。

 こうした戦略的要素の高い施策であるにも関わらず、これらが有効に活用されているという声が今一つはっきりと聞こえてこないというのが私の印象であるが、その原因は「不透明性」にあるのではないかと考える。つまり、機会提供という名前であっても、結局は会社が行かせたい人を最初から決めていて、公平かつオープンな競争市場ではないということで、ほとんどの社員が活用しようとしなくなっているのではないだろうか。

 人事としては人材のモチベーション向上や健全な競争環境の構築による社員レベルの底上げにつなげたい施策であり、そこで鍛え上げた人材を適した場所に配置して会社としての成果につなげたいという思いがある(機会提供の施策はそもそも会社として必要な事業ポジションに当て込む人材を想定して実施することが多い。もちろんトレーニーなどは企業間の付き合いという側面もあるが。)。したがってそこに手を挙げて欲しい人材がいるのも事実であろう。しかしこれを意図的に操作することは前述の通り施策自体の価値を下げかねない。意図的に選抜したい人材が機会提供に手を挙げないからと言って人材としての価値が下がるかと言えばそういうわけでは無いはずである。オープンエントリーポジションと意図的な選抜は分けて施策を打つというのが現実的に取っている解であろうが、まずは機会提供の本質に目を向けて、広く社員の中から意欲がある人材を募り、その中で適材をピックアップして戦略的人材配置へと活用していく方が人材確保の面で妥当ではないかと考える。