第1章 人材開発とは② 違う経験をさせること

第1章 人材開発とは② 違う経験をさせること

2018年12月17日 0 投稿者: 大橋資博

個別の人材開発テーマについて言及する前に、人材開発の全体的な枠組みの話にもう少し触れておきたい。人材開発に携わるにあたって私が大切にすべきであると考えているのは、人材開発を「経営戦略実行の武器とすること」「異なる経験をさせること」である。
このコラムの中でも既に触れてきているように、人材開発とは単に何かを教え込んで人材にそれをそのまま出来るように覚えこませるだけの場ではない。人材開発を行う側にとっては、人材の状態やスペックをとらえる機会になっており、人材を会社の重要な戦力としてそのアウトプット能力の向上に努めることも大切であるということだ。研修なんてやっても意味ないと何度も言われてきた中で私が大切にしたのは、人材開発の結果を人事運用サイドと共有するという点である。人事運用とは広義の人事運用という意味で、人事部内にとどまらず各部における人事権限を持つ部分も含めて考えるべきである。

卑近な例を挙げると、管理職に昇格させる前に行う研修ではその人材が管理職としてふさわしい人物かどうかについて様々な角度からアセスメントを行うことにしていたのだが、これは当然ながら人事運用の際の大きな参考情報となるため、情報連携を行い、活用を促していたものである。正確には、研修において参考情報となるようなアセスメントを行うべきである。いくつかの企業で似たようなことを行ったが、とある損害保険会社の管理職候補研修の手伝いをしたことがある。その会社では面接とテストツールの2段階でアセスメントを行っていたが、面談にとても重点を置いており、外形上(資格要件、勤続年数、人事評価)は管理職昇格要件をクリアしていたにもかかわらず、候補者研修のアセスメント結果を踏まえて管理職昇格を見送られた人材もいた。このことは、この会社における管理職候補者研修の意義付けを大切なものとし、「たかが研修でしょ」「仕事の方が忙しいから欠席してもいいでしょ」などという社員はなかなか出てこない。人事部と事業部門は人材に関する情報の質も量も異なっているため、こうした研修で集めた人材情報を共有化していく中でその溝を埋めることも大切である。


 もう一つの大切なことは「違う経験をさせること」である。人材開発の場面というのはある知識、経験、情報、考えを繰り返し伝えて、相手に覚えてもらうことが重要なのではなく、相手が持っていないことに遭遇させて、それに対する考えやアクションを引き出すことがとても貴重なことなのである。それがより高次の意思決定であればなおさら有意義な場となる。そういう意味で、上司や人事は業務に関してより高度なことを伝えられるという点で育成には当然役立っているが、それ以上に通常では関わりがない人とのコミュニケーションや、今までの自分の手の届く範囲の考えや手段では解決に導くことが出来ない新しい経験を通じて得るものが大きい。もちろん、受ける側の人材の吸収力や相性の問題もあるため、一概に関わりのないことであれば必ず効果が出るとは言い切れない点は注意が必要である。
これに関連して、先日、経済同友会主催のシンポジウム「Japan2.0」に参加した際に、パネルディスカッションにおいて産学連携推進機構理事長である妹尾堅一郎氏が教育についてこのように述べていたことに強く共感を覚えた。「他人と同じことが言える、他人と違うことが言える。これが出来るようにするのが教育である」と。他人と同じことばかり言うのは凡人。かといって他人と違うことばかり言っているのは変人。そのバランスをとることが大切なのである、と。同じことしかできないのはダメなのはわかりやすいと思うが、確かになるほどだと感じたのは後者とのバランスという点である。会議になると奇をてらったことを言ってばかりだったり、必ず人の言っていることに反対ばかり言っているだけの人間は、結果として組織において貢献が少ない。それは他と同じことを言う能力が著しく欠けているからである。


私自身は人事部や人事コンサルタントとしての立場で人材開発に携わっただけではなく、一人の上司としても人材開発の経験をしてきた。その際には「部下に自分を超えさせる」ことをまず目標の一つにおいていた。しかしそれと同時に自分を超えさせないための自分自身が努力をした。そういうと聞こえが良すぎる感じもあるのだが、それがやりやすいのである。自分がどの程度かはわからないが、自分が知っていること、自分が有益だと思うことを与えていくのは比較的容易である。それを吸収していくとすぐに自分のレベルになってしまうだろうから、距離を開けるための自走を続ける。何も特別なことは無いのだが、自分にとってはとても分かりやすくやりやすかった。さらに、当然ながら既にある分野では自分より知識が多かったり、頭の回転や想像力で明らかに自分を超える力を発揮する部下にも出会ってきた。そしてそれはまさに自分にとっての開発の場面となっていたと感じる。
人材開発はこのように一方通行ではないし、さまざまな場面で行われている。誤解されやすいのは、企業における人材開発というのは、研修やセミナーのように何かを教えたり付与したりすることのみを指しているのではなく、配置転換であったり出向転籍なども人材開発の一つである。また部長や課長といったラインマネジメント職だけの仕事ではなく、上下が逆転することも会社の外の人が関わることもある。こうして人材がこれまでと異なる何かを得る場面が人材開発の舞台であり、そこで変わった部分を含めてその人材の価値として再定義していくのが人材開発の仕事である。