「社長の呟き」カテゴリーアーカイブ

尊敬する経営者小倉昌男さんの名著

あなたはどんな経営者を尊敬していますか?

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ベンチャー企業のコンサルビジネスをしていると、若い経営者からしばしば受ける質問である。

様々な教訓を残している「経営の神様」松下幸之助翁や「ホンダ生みの親」本田宗一郎さんは、多くの人から尊敬されており異論はないが、最近は宅急便クロネコヤマトを生んだ小倉昌男さんから学ぶところが多く、名著も熟読したのでいくつかご紹介したい。

小倉昌男さんの「経営論」が世に出たのは1999年であり、バブル崩壊でいかに生き抜くか多くの経営者が苦しんでいた頃に登場した名著である。

大和運輸の二代目の社長として、父の代からの引き継いだ老舗大口顧客三越との取引を、当時のワンマン社長のスキャンダルが発覚したため、周囲の反対を押し切って敢然と解消、その後業績低迷に追い込まれる。

何とか新しいビジネスをと挑戦が始まるがなかなか思うに任せない。ともかく経営の原点を「顧客優先」と「現場主義」におきつつ、日夜腐心してサービスの差別化に取り組み、宅配便ビジネスにたどり着く。

もちろん、新サービスは旧来の大手企業との軋轢が大きく、監督当局の運輸省、郵政省とも二度にわたり係争に巻き込まれるが、筋を通しつつ冷静に対応して所期の目的を達する。

ヤマト運輸会長退任後は会社経営から一切手を引き、全保有株を売却してヤマト福祉財団を設立、無報酬で障碍者の自立支援に乗り出し、娘の住むアメリカでクリスチャンとしての生涯を終えている。

温厚な人柄の中に秘められたこのすさまじい生き方に激しい衝撃を受けた。

あとがきでは「金融機関のリストラ、公的資金を受け存続を図った経営者の責任は重い」とのくだりがある。

私自身、いまにもつぶれそうな小さな第二地銀の西京銀行経営のかじ取りで四苦八苦していたのがまさしくこの本に出合った頃であり、尊敬する経営者のこの本を教科書のようにむさぼり読んだ。

小倉さんの多くの教訓を胸に刻みつつ「顧客目線」「現場主義」「スピード経営」をモットーに不良債権処理にいち早く取り組み、おかげさまで公的資金に一度も頼ることなく、いまなおこの銀行は80有余年の歩みを続けている。

と同時に、銀行経営からは一切手を引き退任と同時に今のベンチャーコンサル会社を立ち上げ、おかげさまでもう12年になる。

最近、小倉さんの薫陶を受けたヤマト運輸のその後の経営者5人による「ヤマト正伝・小倉昌男が遺したもの」が出版され早速手にしたが、見事なDNAが今なお引き継がれており、まさしく「経営者の鑑」そのものである。

福知山でのクラス仲間との思い出

子供の頃、父の転勤でむりやり転校させられることが多かった。

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その中の一つに福知山惇明小での思い出がある。

4年生から6年生までの3年間で短かったが、多感な頃でしかも3年間全く同じクラスとあって、この時の仲間との触れ合いはことのほか濃かったように思う。

担任の高橋先生からは、「ともかく本を読み、感想文を書きなさい」としきりに薦められた。

一方で、気短でときに間尺玉が破裂、カギを投げ捨てられたのを拾って職員室まで謝りに行き、何とか授業を再開してもらったこともあった。リュウマチ気味で手首の真白な包帯が痛々しかった。

転校間もないころ、校舎のトイレでこわーい出来事が起こった。

「隣の国立病院の患者さんが先行きを悲観して首つり自殺したらしい」衝撃的な出来事はまたたく間に学校中に広がった。

5年生の夏休みは台風に見舞われ、由良川が決壊し学校のいたるところが水浸しになった。

水が引いた後でたくさんの本が広々とした校庭に乾かされていた風景が今も瞼の底に残っている。

中学になり宇治、京都と転校後もこの時のクラスメイトとの文通、交流が長く続き、今もゴルフのほか、春の桜や秋の紅葉、夏の合宿等で往時を懐かしんでいる。今なお交流が続く5人との思い出話や近況を思いつくままに。

秀(ヒデ)ちゃん・・・彼とは6年生の学芸会で創作芝居「兄と弟」を共演、弟の彼がガキ大将にいじめられ泣いてるところを、肩を抱きながら慰めた一幕は忘れられない。中学校では生徒会長に選ばれ、バスケットでも活躍していた。
さりげない気配りとユーモアが持ち味で、何かにつけ仲間の頼りにされている。一時期体調を崩したが粘り強いリハビリでほぼ全快、集まりがあるといつもニコニコしながら元気な姿を見せてくれる。

慈(シゲ)ちゃん・・・算数が特に得意で、京大工学部を卒業後、NTTでも優秀な技術者として大活躍。
人望が厚く、今も福知山高東京支部の同窓会長を務めている。高所が苦手な一方、多趣味かつ器用で囲碁や合唱の傍ら、ハンググライダーに乗ったりもする。
高校時代の同級生と結婚、昔仲間との集まりには愛妻と共に参加,奥さん手作りのおはぎがふるまわれることもあり、「花より団子」と花見会や紅葉狩りを盛り上げてくれている。

庄(ショウ)ちゃん・・ひょうきんで人懐っこい性格は今も変わらず、ともかく色白で可愛い坊ちゃん刈りが印象深い。難しい放射線測定関連の国家資格を取得、宇宙開発で有名なJAXAの技術者として今も若い研究者を指導している。
休日にはテニスに興ずることが多いようだが、その割にはゴルフの腕が上がらず、思案投げ首。
丹波篠山の生んだ著\名な教育者故河合隼雄氏とは親戚筋にあたる。

昭(アキ)ちゃん・・愛くるしい目にちょっとカールのかかったナチュラルウエーブの髪がよく似合い、「ベテイちゃん」と呼んでいた。
昭ちゃんは隣近所ということもあり、「一緒の乳母車に乗って育った」と告白するが、昭ちゃんは猛否定。
彼女から偶然贈られた「風の男 白洲次郎伝」は今も書斎に愛蔵されている。最近、同じ福知山出身の先輩夫君石坪クラリオン前社長が亡くなったが、さすがにその直後の観桜会は欠席であった。

和文(カズフミ)君・・・医師一家の4人兄姉の末っ子。お兄さんやお姉さんも立派なお医者さんで、家が近かったこともあり、よく遊びに行ったが、すぐ上の聡明で美しいお姉さんに声をかけられるとドキドキした。
末弟の彼が8年前に惜しまれつつこの世を去った。
全快を祈って仲間と千羽鶴を折って闘病中の彼を見舞ったが、残念ながら願いは叶わなかった。
亡くなる少し前に、伊豆修善寺温泉での集いでは、中学生の頃演じた「修善寺物語」での夜叉王と頼家の長セリフを諳んじながら朗々と披露してくれた姿が焼きついて離れない。

猿の惑星・聖戦記を観る

全世界がその話題に沸騰した「猿の惑星」シリーズは、2011年の「創世記(ジェネシス)」、2014年の「新世紀(ライジング)」に続いて、このほど「聖戦記(グレートウオー)」が見事に完成、早速近隣の映画館に足を運んだ。

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人類が退化するなかにあって、平和を求めて共存を望んでいる猿のカリスマ的リーダーであるシーザーが最愛の家族を殺害されるという悲劇から本作は始まる。

大切な仲間を守るリーダーとしての使命感と肉親を殺害された憎き人間への復讐、この狭間で葛藤する主人公のシーザー(アンデイー・サーキス)の姿に胸が締め付けられてくる。

一方人類サイドでは、強力な軍隊を統率する大佐(ウデイ・ハレルソン)がシーザーの抹殺をもくろみ巨大な要塞ともども立ちはだかる。

大佐の執念と狂気が交錯するなかで、猿と人類の生き残りをかけた「聖戦」の火ぶたが切られる。

猿の味方には口のきけない謎めいた少女ノバ(人間)がついている。

また、ユーモアと知性を秘め要所でその手腕を発揮するバッド・エイプや少女をかばい心も通わせるルカやモーリス(オランウータン)からも目が離せない。

狂気に走る大佐の運命やいかに?

主人公シーザーのラストシーンは?

「希望の地」は果たして訪れるのか?

美しい雪原と凍てつく北の大地で繰り広げられるすさまじい死闘は、悲しみの中に多くの感動を呼びながらこの長い物語はエンデイングを迎える。

やってきた渡り鳥

近くに三番ケ瀬という海岸がある。

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東京湾に続く船橋寄りの海岸であるが、渡り鳥の生息地としてバードウオッチャー仲間では結構有名なようである。

朝の散歩の途中にこの海岸べりを通ることがあるが、秋も深まったある日のこと、黒い陸地のようなものが見えるので、よく目を凝らしてみるとその陸地は少しずつ移動している。

さらに近くに寄るとどうやら渡り鳥の群団でその数は数百羽を優に超え、まさに「野鳥集団」そのものである。

早速いくつかの資料を紐解くと、この海浜公園の野鳥は種類も多いが、冬はもちろんのこと、春、秋も渡来、特に「ミヤコドリ」の飛来はこの三番ケ瀬が日本一とのことである。

シギの種類は数多く、アカシシギ、アカエリヒレアシシギ、ウズラシギ、オオソリハシシギ、オグロシギ、オバシギとなかなか覚えられないほどのシギ類がやってくる。

このほか、サギもアオサギやカラシラサギの二品種が渡来、さらにはチドリ、ヒヨドリ、カモメなども混じりにぎやかである。

野鳥の群れは、小さいものは黒い群団をなしているが、主流派からはなれ、小集団で固まっているものもいる。

なかには全く群れを離れたはぐれ鳥もいる。

当人たちに聞いたことはないが、まるで乱立する政界のようでもあり、また仲間外れにされたのはいじめの対象かも、と気をもんだりするが、このはぐれ鳥は大海原でむしろゆったりと孤独を楽しんでいるようにも見える。

これから冬にかけ、北の凍った湖沼から渡り鳥もいくつか飛来するが、その群れを観るのが今から楽しみである。

最後の豪華クラス会

小学校時代共に過ごした丹波の国福知山仲間とのクラス会が始まって10年以上になる。

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最初は男性だけでのゴルフの集いであったが、その後女性陣も加わって次第に輪が広がり、春の桜、秋の紅葉、さらに夏は2泊3日での豪華合宿(マイカーに分乗して温泉地の伊豆、蓼科、山中湖、軽井沢、箱根などの美術館巡りとグルメ旅)にまで拡大してきた。

参加者も、故郷福知山や大阪在住の仲間などが加わり一層にぎやかになりピーク時は15名を超えていた。

ただ、さすがに寄る年波には勝てず、惜しまれつつこの世を去る仲間、体調を崩して足が遠のく仲間などが増え、幹事団からは「後期高齢者に差し掛かることもあり夏季合宿での車の運転は差し控えよう」との提案が出され、最後の今年は大型バスを借り切っての伊豆箱根巡りとなった。

幸い好天に恵まれ、伊豆スカイウオークや韮山反射炉見学などで楽しいひと時を過ごした。

リゾートホテルの露天風呂で一汗を流したあと、豪華料理とお酒に酔いしれ、そしてカラオケルームで「里の秋」のラストソングを合唱した後、幹事部屋での思い出話に花を咲かせた。

幹事団から「この夏季合宿は終わるが、福知山の仲間との絆は大切にしてゴルフ会(女性陣は馬券参加)、紅葉狩り、桜見物は続けるので元気に参加してほしい」との提案があり、一同賛同。

最後の土曜日は、早朝散歩や朝風呂でしばしホテルライフを楽しんだあと、思い出話を土産にそれぞれの住処へと向かった。

 

 

 

ハウツー本「百歳まで歩く」

毎朝5000歩ぐらい歩く。

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この早朝散歩習慣が身についたのは、平成が始まる頃だからかれこれ30年近い。

きっかけはアキレス腱断裂後のリハビリからであった。

当時、釧路に住んでいたから冬場の早朝散歩はとりわけ厳しかった。

まだほの暗い中を、氷に足を取られないように裏が厚いゴムで補強された専用ブーツを履いて、住まいの近くの米町公園を通り過ぎ、釧路川に掛かる幣舞橋を渡り、中心街から釧路駅までのコースを往復するのが日課となっていた。

米町公園には石川啄木の句碑が釧路川を見下ろすようにそびえたっていた。

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氷かがやき千鳥鳴く

くしろの海の

冬の月かな

新聞記者として札幌から釧路への赴任を命ぜられた啄木青年は、ひとめぼれする一流料亭「八つ浪」の売れっ子芸者子奴(こやっこ)に袖にされ,傷心のこころを詠んだ作品として知る人ぞ知る名句である。

ところで、最近その筋の専門家である理学療法士が書いた「百歳まで歩く」というハウツー本が目に入り、タイトルに惹かれて購入したところ、結構参考になった。

筋(すじ)を延ばすストレッチの大切さ、「一日一万歩」は迷信?きんさんぎんさんはなぜ百歳までピンピンしていたか?

信号待ちでは「片足立ち」、壁に手をつき「つま先立ち」、寝る前に「うつ伏せ寝」、こんな簡単なことの積み重ねで劇的に長寿体質に・・・。

ふんだんに挿絵が入ったわかりやすいハウツー本で、じわじわと人気が出てすでに20万部を突破したヒット作のようだ。

同世代仲間が集まるといろいろな健康法の話で盛り上がるが、簡単な「徒歩」ということの積み重ねがいかに大切か、「なるほど」とうなずきながら、今朝も秋の紅葉を愛でながらの早朝散歩に出かけてきたところである。

政治情勢を占う

最近の激動する政治情勢をどう読むか?

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小池百合子「希望の党」リーダーの登場、前原民進党党首の事実上の解党宣言、野党の目まぐるしい動きに揺れる自公連立与党、これからの政局をどう読むか?

国民、マスコミの関心は最近にない高まりを見せている。

いくつか関心の高いところを大まかに整理すると以下のポイントに絞られよう。

  • 22日の選挙結果はどうなるか?
  • 現政権は続くか?
  • 次なるこの国のリーダーは?
  • 都知事の後継は?
  • 憲法改正は?

もちろん、その道の権威でもなく、さしたる情報も持ち合わせていないが、私なりに分析すると、それなりの道筋が見えてくるような気がする。

その道筋は、決して悲観的ではなく、むしろ永い平和に安住してきたこの国の積年の課題が

ここへきてようやく浮き彫りにされてきた感じがしないでもない。

民主主義の先進国イギリスでは早々とサッチャーというリーダーにより「沈みゆく大英帝国とロンドンの衰退」から脱却、欧州の最強国ドイツではメルケルというやり手のリーダーがどっしりと構えて辣腕を振るっている。

女性リーダーが必ずしもいいわけではないが、長くこのテーマ(分野は異なるが)に取り組んできたものとして、この国の政治の場でも女性の手腕が様々な形で試されつつあり、その曙光が見えてきつつあるように思えてならない。

 

三連休、台風、京都

この三文字のタイトルからすぐに判読出来よう。

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この三連休、日本列島は台風18号に見舞われ、散々の休日となった方も多かったと思う。

すでに京都の小旅行を計画していたので、「どうしようか?ともかく草津にいつもの宿をとってるので、トンボ帰りするか?」テレビの天気予報を見ながらワイフと試案投げ首。

台風情報を子細に追いかけていたところ、どうやらスピードが予想外にのろく、新幹線の半分くらいの速度で、この分だと京都滞在中の土日は「嵐の前の静けさ」になりそうだ。

それでは半日観光の定期バスに乗ろうと即断、これが意外に大当り。

定番の三十三間堂、伏見稲荷であったが、ミニガイド付きでしかも観光客は台風情報のおかげか「外人客ナンバーワンのお稲荷さん」も意外に人出が少ない。

ガイド嬢(?)の「ここはともかく外人客がごった返しており、日本人は遠慮がちでいつも

歯がゆいが、今日は珍しく乗客がオール日本人、皆さんは負けないように精力的に拝観しましょう」との温かい励ましをバックに、いくつかの新発見をしながら、駆け足で周遊した。

以下、細見新発見例。

・三十三間堂…後白河上皇院政の場とは知っていたが、通し矢の歴史はうろ覚え。たまたま17日の行事(月Ⅰ)に出くわし、高僧の大きな読経の声と取り巻きの若僧たちの巻物を次々とめくる(上から猛スピードで落とし読んだこととする)しぐさに驚愕。

・伏見稲荷・・・千本鳥居の見事さに圧倒されながら回廊をくぐり、有名なパワースポット

「おもかる石」へ。鳥居は1万基ありなお増え続けているという。狐の咥え物は稲と玉と鍵と巻物の4種類でそれぞれが願い事。外国人にはとりわけ鮮やかなオレンジ色の鳥居トンネルが人気。

追いかけてくる台風をしり目に、倍速の新幹線で一足早く舞い戻ってきた。

日曜日の東京は雨風もなく嵐の前であった。

大相撲人気は復活するか

秋場所の大相撲は場所前の予想と様変わりに沸いた。

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場所前、横綱の大半が休場、途中は豪栄道の独り舞台で相撲ファンの足は遠のくかに見えた。

終盤に差し掛かり、にわかに土俵が盛り上がってきた。

結局は一人横綱の日馬富士が逆転優勝、豪栄道はカド番は脱したが賜杯には届かなかった。

ときどきラジオで大相撲の解説を聴くことがある。

大相撲秋場所が千秋楽を迎えるころ、アナウンサーが解説者の舞の海に「横綱がこれだけ休場しているのに連日館内は満員御礼の幕が下がっているのはなぜですかね?」と質問した。

舞の海は、すかさず嬉しそうに、「そうなんですよ。うれしいことです。力士の真剣な取り組み姿勢が観客に伝わってくるからだと思います。

かって八百長と取りざたされた時期がありました。

また、モンゴル勢が横綱を独占、国技が国技じゃなくなってきた。

こんな声に相撲ファンが遠ざかっていた時期がありましたが、やはり、力士の本気度が伝わると観客は戻ってくるもんなんですね」こう解説した。

同時に、舞の海は「このところ怪我が多いのが気がかりです。

あの巨漢が真剣にぶつかっている証拠ですが、全体に体が大きくなりすぎているように思います。

やはりけいこで体を絞り込み、足腰をしっかりと鍛え、敏捷さも身に着けていくことが大切だと思います」こうも付け加えた。

あの、小兵で鳴らした舞の海の言葉だけに、ここのところは納得がいった。

かって本コラムで「稀勢の里の優勝と久しぶりの日本人横綱誕生」と取り上げたことがある。

確かに、力士の取り組み姿勢が大切ではあるが、やはりこのところの日本人力士の活躍が大きいように思う。

今場所も大阪出身の豪栄道の前半の大活躍が大阪場所の満員御礼につながっていったのでは。同じ大阪出身の小兵人気力士宇良の休場が残念ではあるが。

豪栄道は千秋楽で日馬富士に敗れたが、今場所の悔しさをばねに心身の鍛錬を重ねいずれ横綱への昇進に期待したい。

稀勢の里と高安,宇良の来場所以降の復調とともに、日本人力士の踏ん張りが待たれるところである。

山崎ハコの望郷

1970年代のフォークソング全盛期、「中島みゆきのライバル」とはやされてさっそうと登場した山崎ハコという好きなフォーク歌手がいる。

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が、中島みゆきはもちろん、さだまさしやかぐや姫、イルカ、小椋佳ほどポピュラーでない。

150センチあるかないかの小柄で、幼少期を大分県日田市で祖母と過ごした後、高校から両親の住む横浜に移る。

ほどなく華々しく歌手デビューするが、その後事務所の倒産などで極貧生活に陥り、全国ツアーでなんとか暮らし、44歳になりようやくバンド仲間のギタリストと結婚している。

小柄な割には音量たっぷりで、孤独な匂いがそこはかとなく漂う低く静かな曲が多い。

代表作の「望郷」の歌詞をなぞっていくと、

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
青い空 白い雲 菜の花の小道を
駆け回り 蝶々とり 遊んだふるさと

真白な霧の中 神社の石段を
駆け上がり 手を合わせ 泣いてた小さな子

寂しくて悲しくて 出てきたヨコハマ
やさしいと思っても みんな他人さ

いつの間に こうなった 鏡の中には
知らん人 疲れた顔で 悲しげに笑ってた

帰ろうか帰ろうか 田舎のあの家へ
青い空 白い雲の田舎へ帰ろうか

あの家へ帰ろうか あの家へ帰ろうか
あの家はもうないのに
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

同じく、今はもうない生まれ故郷鳥取の「あの家」を想い出しながら口ずさむと、知らない間に涙が頬を伝わってくる。