a1180_014106

今、幸之助翁から学ぶ

 

日銀支店長として広島在住のころ、PHP研究所の元編集局長から在りし日の幸之助翁について限られた人数でじかに話を聞く機会があった。

「長らくお仕えした松下創業者の幸之助翁から学んだことは枚挙にいとまがないほどあるが、特に印象に残っているのは以下の5点である」

今や翁の語り部的存在であるその人の話は、物静かなとつとつとした語り口で始まった。

 

a1180_014106

 

1.絶えず夢と希望を失わない

風呂敷は大きく、会社の計画は250年の長期で。わが全寿は130歳。90歳の時に彼は「あと40年もある。これから大学生になり英語と哲学を学ぶ」と語っていた。

2.基本の座標軸をしっかりと

会社は社会の公器。衆知経営(デイスクロージャー)と同時に陽転思考が大事。

3.素直な心

うそをつかない。人を色メガネで見ない。偏らない。こだわらない。「空の心」(薬師寺高田好胤管長)を持つ。

4.部下に語りかける

人間好きであること。森林浴同様「人間浴(欲ではない)」が欠かせない。有言実行時代ゆえ、「おしゃべり経営」が大事。幸之助81歳の時、夫婦で渡米し声をからせて帰国。空港に着くやいなや、開口一番「下手な英語を駆(苦)使、しゃべりすぎた」

5.常に感謝と思いやりの気持ちを

若くして7人の兄弟を失い20歳にして天涯孤独となった幸之助83歳の時、北海道帯広の士幌町農協組合長から全農会長になられた太田寛一さんから「親子兄弟6人が6畳一間に猫のように抱き合って寝た」との話を聞き、「わしゃまだ苦労が足りん」と口癖のように言っていた。
また、昭和50年ころ上場間もないイトーヨーカ堂の伊藤さんが辞を低くして「こんなにもうかっていいんでしょうか?」と真顔で言ってこられた。オーナー社長の腰の低さとまじめさをみて「ヨーカ堂はこれから伸びる。あそこは買いだ」としきりに話していた。

 

京セラの稲盛会長は、「私の描く理想のリーダー像は幸之助と米カーネギー。学歴はないが,一代で身を起こし電気王、鉄鋼王となり、財産は社会還元した」と語っている。

氏の仏門への思い入れはあるいは幸之助翁の影響があるのかもしれない。

この記事もおすすめです:

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です