最後の豪華クラス会

小学校時代共に過ごした丹波の国福知山仲間とのクラス会が始まって10年以上になる。

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最初は男性だけでのゴルフの集いであったが、その後女性陣も加わって次第に輪が広がり、春の桜、秋の紅葉、さらに夏は2泊3日での豪華合宿(マイカーに分乗して温泉地の伊豆、蓼科、山中湖、軽井沢、箱根などの美術館巡りとグルメ旅)にまで拡大してきた。

参加者も、故郷福知山や大阪在住の仲間などが加わり一層にぎやかになりピーク時は15名を超えていた。

ただ、さすがに寄る年波には勝てず、惜しまれつつこの世を去る仲間、体調を崩して足が遠のく仲間などが増え、幹事団からは「後期高齢者に差し掛かることもあり夏季合宿での車の運転は差し控えよう」との提案が出され、最後の今年は大型バスを借り切っての伊豆箱根巡りとなった。

幸い好天に恵まれ、伊豆スカイウオークや韮山反射炉見学などで楽しいひと時を過ごした。

リゾートホテルの露天風呂で一汗を流したあと、豪華料理とお酒に酔いしれ、そしてカラオケルームで「里の秋」のラストソングを合唱した後、幹事部屋での思い出話に花を咲かせた。

幹事団から「この夏季合宿は終わるが、福知山の仲間との絆は大切にしてゴルフ会(女性陣は馬券参加)、紅葉狩り、桜見物は続けるので元気に参加してほしい」との提案があり、一同賛同。

最後の土曜日は、早朝散歩や朝風呂でしばしホテルライフを楽しんだあと、思い出話を土産にそれぞれの住処へと向かった。

 

 

 

ハウツー本「百歳まで歩く」

毎朝5000歩ぐらい歩く。

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この早朝散歩習慣が身についたのは、平成が始まる頃だからかれこれ30年近い。

きっかけはアキレス腱断裂後のリハビリからであった。

当時、釧路に住んでいたから冬場の早朝散歩はとりわけ厳しかった。

まだほの暗い中を、氷に足を取られないように裏が厚いゴムで補強された専用ブーツを履いて、住まいの近くの米町公園を通り過ぎ、釧路川に掛かる幣舞橋を渡り、中心街から釧路駅までのコースを往復するのが日課となっていた。

米町公園には石川啄木の句碑が釧路川を見下ろすようにそびえたっていた。

しらしらと

氷かがやき千鳥鳴く

くしろの海の

冬の月かな

新聞記者として札幌から釧路への赴任を命ぜられた啄木青年は、ひとめぼれする一流料亭「八つ浪」の売れっ子芸者子奴(こやっこ)に袖にされ,傷心のこころを詠んだ作品として知る人ぞ知る名句である。

ところで、最近その筋の専門家である理学療法士が書いた「百歳まで歩く」というハウツー本が目に入り、タイトルに惹かれて購入したところ、結構参考になった。

筋(すじ)を延ばすストレッチの大切さ、「一日一万歩」は迷信?きんさんぎんさんはなぜ百歳までピンピンしていたか?

信号待ちでは「片足立ち」、壁に手をつき「つま先立ち」、寝る前に「うつ伏せ寝」、こんな簡単なことの積み重ねで劇的に長寿体質に・・・。

ふんだんに挿絵が入ったわかりやすいハウツー本で、じわじわと人気が出てすでに20万部を突破したヒット作のようだ。

同世代仲間が集まるといろいろな健康法の話で盛り上がるが、簡単な「徒歩」ということの積み重ねがいかに大切か、「なるほど」とうなずきながら、今朝も秋の紅葉を愛でながらの早朝散歩に出かけてきたところである。

政治情勢を占う

最近の激動する政治情勢をどう読むか?

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小池百合子「希望の党」リーダーの登場、前原民進党党首の事実上の解党宣言、野党の目まぐるしい動きに揺れる自公連立与党、これからの政局をどう読むか?

国民、マスコミの関心は最近にない高まりを見せている。

いくつか関心の高いところを大まかに整理すると以下のポイントに絞られよう。

  • 22日の選挙結果はどうなるか?
  • 現政権は続くか?
  • 次なるこの国のリーダーは?
  • 都知事の後継は?
  • 憲法改正は?

もちろん、その道の権威でもなく、さしたる情報も持ち合わせていないが、私なりに分析すると、それなりの道筋が見えてくるような気がする。

その道筋は、決して悲観的ではなく、むしろ永い平和に安住してきたこの国の積年の課題が

ここへきてようやく浮き彫りにされてきた感じがしないでもない。

民主主義の先進国イギリスでは早々とサッチャーというリーダーにより「沈みゆく大英帝国とロンドンの衰退」から脱却、欧州の最強国ドイツではメルケルというやり手のリーダーがどっしりと構えて辣腕を振るっている。

女性リーダーが必ずしもいいわけではないが、長くこのテーマ(分野は異なるが)に取り組んできたものとして、この国の政治の場でも女性の手腕が様々な形で試されつつあり、その曙光が見えてきつつあるように思えてならない。

 

三連休、台風、京都

この三文字のタイトルからすぐに判読出来よう。

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この三連休、日本列島は台風18号に見舞われ、散々の休日となった方も多かったと思う。

すでに京都の小旅行を計画していたので、「どうしようか?ともかく草津にいつもの宿をとってるので、トンボ帰りするか?」テレビの天気予報を見ながらワイフと試案投げ首。

台風情報を子細に追いかけていたところ、どうやらスピードが予想外にのろく、新幹線の半分くらいの速度で、この分だと京都滞在中の土日は「嵐の前の静けさ」になりそうだ。

それでは半日観光の定期バスに乗ろうと即断、これが意外に大当り。

定番の三十三間堂、伏見稲荷であったが、ミニガイド付きでしかも観光客は台風情報のおかげか「外人客ナンバーワンのお稲荷さん」も意外に人出が少ない。

ガイド嬢(?)の「ここはともかく外人客がごった返しており、日本人は遠慮がちでいつも

歯がゆいが、今日は珍しく乗客がオール日本人、皆さんは負けないように精力的に拝観しましょう」との温かい励ましをバックに、いくつかの新発見をしながら、駆け足で周遊した。

以下、細見新発見例。

・三十三間堂…後白河上皇院政の場とは知っていたが、通し矢の歴史はうろ覚え。たまたま17日の行事(月Ⅰ)に出くわし、高僧の大きな読経の声と取り巻きの若僧たちの巻物を次々とめくる(上から猛スピードで落とし読んだこととする)しぐさに驚愕。

・伏見稲荷・・・千本鳥居の見事さに圧倒されながら回廊をくぐり、有名なパワースポット

「おもかる石」へ。鳥居は1万基ありなお増え続けているという。狐の咥え物は稲と玉と鍵と巻物の4種類でそれぞれが願い事。外国人にはとりわけ鮮やかなオレンジ色の鳥居トンネルが人気。

追いかけてくる台風をしり目に、倍速の新幹線で一足早く舞い戻ってきた。

日曜日の東京は雨風もなく嵐の前であった。

大相撲人気は復活するか

秋場所の大相撲は場所前の予想と様変わりに沸いた。

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場所前、横綱の大半が休場、途中は豪栄道の独り舞台で相撲ファンの足は遠のくかに見えた。

終盤に差し掛かり、にわかに土俵が盛り上がってきた。

結局は一人横綱の日馬富士が逆転優勝、豪栄道はカド番は脱したが賜杯には届かなかった。

ときどきラジオで大相撲の解説を聴くことがある。

大相撲秋場所が千秋楽を迎えるころ、アナウンサーが解説者の舞の海に「横綱がこれだけ休場しているのに連日館内は満員御礼の幕が下がっているのはなぜですかね?」と質問した。

舞の海は、すかさず嬉しそうに、「そうなんですよ。うれしいことです。力士の真剣な取り組み姿勢が観客に伝わってくるからだと思います。

かって八百長と取りざたされた時期がありました。

また、モンゴル勢が横綱を独占、国技が国技じゃなくなってきた。

こんな声に相撲ファンが遠ざかっていた時期がありましたが、やはり、力士の本気度が伝わると観客は戻ってくるもんなんですね」こう解説した。

同時に、舞の海は「このところ怪我が多いのが気がかりです。

あの巨漢が真剣にぶつかっている証拠ですが、全体に体が大きくなりすぎているように思います。

やはりけいこで体を絞り込み、足腰をしっかりと鍛え、敏捷さも身に着けていくことが大切だと思います」こうも付け加えた。

あの、小兵で鳴らした舞の海の言葉だけに、ここのところは納得がいった。

かって本コラムで「稀勢の里の優勝と久しぶりの日本人横綱誕生」と取り上げたことがある。

確かに、力士の取り組み姿勢が大切ではあるが、やはりこのところの日本人力士の活躍が大きいように思う。

今場所も大阪出身の豪栄道の前半の大活躍が大阪場所の満員御礼につながっていったのでは。同じ大阪出身の小兵人気力士宇良の休場が残念ではあるが。

豪栄道は千秋楽で日馬富士に敗れたが、今場所の悔しさをばねに心身の鍛錬を重ねいずれ横綱への昇進に期待したい。

稀勢の里と高安,宇良の来場所以降の復調とともに、日本人力士の踏ん張りが待たれるところである。

山崎ハコの望郷

1970年代のフォークソング全盛期、「中島みゆきのライバル」とはやされてさっそうと登場した山崎ハコという好きなフォーク歌手がいる。

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が、中島みゆきはもちろん、さだまさしやかぐや姫、イルカ、小椋佳ほどポピュラーでない。

150センチあるかないかの小柄で、幼少期を大分県日田市で祖母と過ごした後、高校から両親の住む横浜に移る。

ほどなく華々しく歌手デビューするが、その後事務所の倒産などで極貧生活に陥り、全国ツアーでなんとか暮らし、44歳になりようやくバンド仲間のギタリストと結婚している。

小柄な割には音量たっぷりで、孤独な匂いがそこはかとなく漂う低く静かな曲が多い。

代表作の「望郷」の歌詞をなぞっていくと、

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
青い空 白い雲 菜の花の小道を
駆け回り 蝶々とり 遊んだふるさと

真白な霧の中 神社の石段を
駆け上がり 手を合わせ 泣いてた小さな子

寂しくて悲しくて 出てきたヨコハマ
やさしいと思っても みんな他人さ

いつの間に こうなった 鏡の中には
知らん人 疲れた顔で 悲しげに笑ってた

帰ろうか帰ろうか 田舎のあの家へ
青い空 白い雲の田舎へ帰ろうか

あの家へ帰ろうか あの家へ帰ろうか
あの家はもうないのに
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

同じく、今はもうない生まれ故郷鳥取の「あの家」を想い出しながら口ずさむと、知らない間に涙が頬を伝わってくる。

手錠のままの脱獄

先日、群馬県のとある町で、公務執行妨害で護送中の外国人風の男が手錠をつけたまま警官を振り切って逃走し世間を騒がせた事件があった。

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この事件から、若かりし頃に観た「手錠のままの脱獄」という映画のことがふと思い出された。

この映画では、白人俳優のトニーカーテイス(ジャクソン役)と黒人俳優のシドニーポワチエ(アレン役)が囚人護送車の転落事故のどさくさに紛れて手錠につながれたまま脱走、修羅場を潜り抜けながら逃亡する映画であった。

二人とも当時の若手ホープでの俳優で、当初はお互いに反目してぎくしゃくしているが、いろいろな困難を乗り越えていくうちに肌の色を超えて次第に絆を深めていく。

列車から飛び降りて、斜面を転びながら草むらに忍び込み、つながれた手錠のままで、一緒に歌を口ずさむラストシーンが今も強く印象に残っている。

トニーカーテイスは、その後、あのマリリンモンローとの「お熱いのがお好き」が話題になった程度で、役者としてはパッとしなかった(2010年85歳で没)。

一方のシドニーポワチエは、「野のユリ」で黒人俳優初のアカデミー主演男優賞を受賞、そのほかにも「暴力教室」「風と共に去りぬ」「80日間世界一周」などの話題作で活躍、黒人俳優の草分け的存在で、90歳の今も存命中である。

南北戦争(1861年~1865年)から100年近く経った1958年制作の作品であるが、まだ人種問題が色濃く残っており、そういった意味でも話題を呼んだ作品で、いくつかの有名な映画賞も受賞している。

石原裕次郎…日本人が最も愛した男

中学2年の頃、京都郊外の宇治中学から京都市内の北野中学に転校、「あなたのクラスは15組です」と聞かされ、その大きさ(一学年16クラスあり、校歌には北中2400人とあった)にびっくりした。市内最大のマンモス中学であった。

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早速柔道部に入部する一方で、週末になると人気絶頂期の石原裕次郎作品にはまり、近くの円町(西大路通り沿い)にあった「ワールド劇場」に頻繁に通っていた。

当時見た作品は、かの有名な「太陽の季節」から始まり、「狂った果実」「風速40メートル」「嵐を呼ぶ男」「錆びたナイフ」「紅の翼」そして「陽の当たる坂道」と枚挙にいとまがない。

その後、彼はトップスター街道をまっしぐら、52歳の若さで太くて短い人生を終えた。

本ブログで高倉健の話をしたことがあるが、裕次郎の大衆人気は「すごい」のひとことであり、さすがの健さんも一歩譲らざるをえまい。

裕次郎の没後30年を記念してこのほど「石原裕次郎・日本人に最も愛された男」というタイトルの本が出版され、会社近くの書店のショーウインドーに華々しく登場した。

店主はきっとパリパリの裕次郎ファンなのであろう。

この季節にピッタリの大好きな裕次郎ソングがある。しばし低音の魅力に・・・

秋の夜は更けて

巣抱く虫の音に

疲れた心癒す

我が家の窓辺

静かにほのぼのと

幸せはここに

南伊豆での合宿と若い漁師

恒例の大学水泳部同世代仲間の合宿で南伊豆に出かけた。

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いつもの民宿で2泊3日、雑魚寝でワイワイガヤガヤ。

寄る年波に勝てず、参加メンバーは次第に減り今年は5人となってしまったが、それでも素潜りや囲碁、野球観戦などで楽しいひと時を過ごした。

下田から石廊崎方面行のバスで30分、近くに国民休暇村があり、そこの海水浴場は砂場も広く、遠浅でかなりの人出があった。

この夏は雨の日が多く、ハイシーズンがさっぱりだったが、この週末(8月21~22日)の南伊豆は好天に恵まれ、海も穏やかで、絶好の海水浴日和となった。

そのため、いつも利用するなじみの民宿も久方ぶりの満室で8畳一間に5人が押し合いへし合いで泊まり込んだ。

かれこれ20年近く馴染んでいる宿で、女主人とはすっかり顔なじみであるが、かって小学生だったお孫さんが赤銅色の若者に成長、一人前の漁師姿になって驚いた。聞くと「都会で自動車整備工をやっていたが、サラリーマン生活に疲れ故郷に舞い戻ってきた。今はサザエやアワビを素潜りで採っており、多い日には3時間ばかり潜って、20万円の稼ぎ(漁協に卸す)になる。これから冬場に差し掛かると伊勢エビの刺し網漁が待っており、年中忙しい」と誇らしげに語ってくれた。

「海女さんは高齢化が進み次第に減少、今は25歳の自分(男)が最年少」とのことであり、

漁船員の弟ともども、この漁村でも世代交代が着実に進みつつあるのを感じた。

ローサは密告された

世界の映画作品の中で、今最も注目されているのが何とフリッピンだということはあまり知られていない。

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その中でも、このほどアカデミー賞外国語作品賞、カンヌ国際映画祭主演女優賞、ヒホン国映画祭監督賞など含め世界中で50を超える映画賞を軒並み受賞したこの「ローサは密告された」という作品が秀逸とされている。

舞台はマニラ、東南アジア最大のスラム街を抱え、麻薬撲滅戦争のさなかにあるこの首都の暗部にカメラは潜入する。

そこでは、賄賂、暴力、密告、売春が横行、腐敗した警察組織など生々しい現実の姿が描き出される。

世界の映画関係者が最も注目する鬼才ブリランテ・メンドーサ監督の最新作で、主人公ローサ・レイエスを演ずるジャクリン・ホセはフィリピン初の主演女優賞である。

撮影は実際のマニラ市内のとある警察署で行われ、麻薬撲滅に国家を挙げて果敢に取り組む現ロドリゴ・ドウテルテ大統領の時代にこの作品が生まれている。

その生々しさは全編息をのむほどで、ラストシーンの主人公の姿がかろうじて涙と救いをもたらしてくれる。

あいにくの雨模様の週末、渋谷駅から宮益坂を上り、青山通りにさしかかった小さなシアター「イメージフォーラム」で鑑賞したが、さすが知る人ぞ知る、年代を問わない映画通でほぼ満席状態であった。

あまりの衝撃に、興奮をいやすため近場の喫茶店スタバでしばし休息をとり、渋谷から新木場そして新浦安へと、りんかい線、京葉線を乗り継いで帰路に向かった。

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